
| 写真番号 08001 |
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写真機(カメラ) 江戸末期に使われていた写真機。幕末の要人(坂本龍馬や勝海舟など)の写真が残っていますが、このような写真機で取られたものです。 レンズを通った光は、後ろのスリガラスに像を結びます。ピントはレンズと磨りガラスの間の距離を変えて合わせます。距離を変えるためにこの間は蛇腹になっています。ピントが合うとこの磨りガラスの場所に写真原板を挿入し感光させます。なお写真機の後ろ半分から後ろは黒い布に覆われ、この中に操作する人も入って撮影しました。それは磨りガラスに像がピントがあって写っているかの確認しやすくするためですし、また、原板挿入時に原板が感光しないためにも必要でした。このような写真機は昭和60年頃まで写真スタジオで使われていました。 |
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| 写真番号 08002 |
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原板入れ箱 写真番号08001の写真機のフィルムにあたる原板を入れておく箱です。フィルムが発明される前には、ガラス原板に感光剤を塗ったものでした。 |
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| 写真番号 08003 |
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本木種字一式 この木製の活字は、明治3年頃のもので、本木昌造をはじめとする人たちで作り上げた種字である。種字とは、活字製造の元になるもので、これを元に印刷用活字が量産された。 |
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| 写真番号 08004 |
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オランダ渡り時計 17世紀の後半、オランダでゼンマイを組み込んだ置き時計が発明された。以後、持ち運びのできる置き時計が作られるようになった。この時計は将軍家に献上されたものと同じ型の時計である。 |
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| 写真番号 08005 |
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江戸時代の望遠鏡(星鏡) 大村藩の天文方の峰潔が使用した望遠鏡である。峰潔さんは1850年から5年間、江戸幕府の天文方のもとで、天文学や観測術を勉強した。 |
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| 写真番号 08006 |
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大砲の雛形(ひながた) 江戸時代、大砲の技術もオランダから入ってきた。この雛形は長崎港の守りのために配備される大砲の原型となったもののようである。 |
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| 写真番号 08007 |
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天球図(北天) 寛政8年1796年に出版されたものである。 |
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| 写真番号 08008 |
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天球図(南天) 四隅には観測道具や月や木星が描かれている。 |
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| 写真番号 08009 |
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シーボルトの医療器具 医師であるシーボルトは江戸時代(1823年)来日した。1828年国外追放処分されるまで鳴滝塾を出島内に開設し、高野長英をはじめとする日本の若者に西洋医学を教える。また楠本滝という日本女性と結婚し、楠本イネという娘が生まれる。国外追放されたあと、1859年再来日をしたが、その際、写真のような外科、眼科、産科などの医療器具を持参した。楠本イネがもらい受けていた。 |
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| 写真番号 08010 |
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シーボルトの医療器具 | |
| 写真番号 08011 |
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コーヒーミル(阿蘭陀茶臼) 天明8年(1788)、長崎を訪れた司馬江漢はコーヒーを飲む機会があったと思われ、江戸に帰った寛政11年(1799)、コーヒーミルを自作した。箱に司馬江漢工夫と刻まれている。 |
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| 写真番号 08012 |
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米俵 米を入れるイネわらで作った入れ物。1俵60sのお米を入れた。 |
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| 写真番号 08013 |
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| 写真番号 08014 |
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眼鏡橋の原理 右側のアーチの中に基礎の木片が入れてあります。左側のアーチには、木片を取り除いてあります。でもアーチ形に木片を積み重ねていくと崩れません。拡大画面から一つひとつの木片の形を見てください。実際は形を整えた石が使われています。 |
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| 写真番号 08015 |
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眼鏡橋(めがねばし)の作り方(模型) 長崎の名物の一つに眼鏡橋があります。正式な眼鏡橋はアーチが2つ連なった石造りのアーチ橋ですが、模型のようなアーチひとつのものや3つのものまで眼鏡橋と一般にいわれるようです。 |
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| 写真番号 08016 |
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提藍(ていらん) 中国製のかごです。明治から大正時代に長崎で使われていたものです。 |
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| 写真番号 08017 |
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提藍 大正時代 |
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| 写真番号 08018 |
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提藍 明治時代 |
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| 写真番号 08019 |
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皮カバン 明治時代 中国製かと思われる。 |
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| 写真番号 08020 |
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タイプライター アメリカ製 明治から大正時代頃のもの |
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| 写真番号 08021 |
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麻雀箱 マージャンの牌などの道具箱 明治から大正時代のもの |
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| 写真番号 08022 |
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方酒壷(ほうしゅつぼ) |
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| 写真番号 08023 |
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水パイプ 明治時代のもの |
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| 写真番号 08024 |
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写真機(カメラ) 戦前のもの。皮ケースに入っています。 |
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| 写真番号 08025 |
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キセル 刻みたばこに火をつけ、煙を吸う道具 |
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| 写真番号 08026 |
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卓袱料理(しっぽくりょうり) 江戸時代の長い鎖国時代にも、長崎だけは海を超えた遠い異境の地とも接触を保ち続けて来ました。その間に、オランダやポルトガル、中国の料理を巧みに取り入れ、和風にアレンジしたものが長崎の誇る郷土料理、卓袱料理です。 元来は、家庭でのおもてなし料理として定着したものですが、現在では長崎の代表的な集いの料理となっています。 卓袱料理は、朱塗りの円卓を数人で囲み、大皿に盛られたお料理を直箸(じかばし)で取り分けて食べます。 卓袱料理は招待した家人や宴会場では女将の「御鰭(おひれ)をどうぞ」の言葉から始まります。 鯛の胸鰭(むなびれ)が入った吸い物を御鰭(おひれ)といいますが、これは「お客様お一人様に対して鯛一尾を使っておもてなしさせていただきます」という意味が込められています。 乾杯や主催者の挨拶などは、御鰭をいただいてからになります。 卓袱とは中国語で食卓の被(おお)いのことをいい、ここから食卓に隙間がないほど一杯並べた料理を指すようになりました。 |
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| 写真番号 08027 |
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駕籠(かご) 竹を編んで作った空間に人を乗せて運ぶ道具。前後に一人ひとりの駕籠持ちが一本の長い柄を担いで運んだ。安土桃山時代になって長い柄に乗せ台をつった駕籠がうまれ、江戸時代に普及した。写真は明治時代、長崎で使われていたものです。 |
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| 写真番号 08028 |
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初代忠吉刀 | |
| 写真番号 08029 |
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十二間筋兜(すじかぶと) 安土桃山時代の兜で、頭が納まる鉢の部分が穏やかな曲面のものがこの時代流行し、三十二間とか六十二間というはぎ板数の多い兜がもてはやされたとのことである。 |
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| 写真番号 08030 |
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肥後拵(ひごこしらえ) 安土桃山時代 拵えとは、日本刀の刀身を包む鞘や握りなどの全般をさしている。 |
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| 写真番号 08031 |
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大刀拵 室町時代 | |
| 写真番号 08032 |
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桃型兜と花色日ノ丸威具足 江戸時代 兜は桃の形に似ているためこの名がある。兜は一般に4枚の天板で構成されている。具足は黒小札でつくられ、敵に威圧感を与える目的で使用された。 |
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| 写真番号 08033 |
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鉄扇 江戸時代のもの |
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| 写真番号 08034 |
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長持ち 長持ちとは、衣服や布団、諸道具などを収納、保管、運搬するための大型の箱のことをさします。 中世に中持ちと呼んでいた櫃(ひつ)が、近世になって長持ちに変化したと考えられ、江戸時代の中頃に広く使われるようになりました。 箱の長端には棹(さお)通しの金具がつき、これに棹を通して前後2人で担いで運搬しました。長持ちは、特に嫁入りには欠かせないもので、道中では「長持歌」が祝い歌として歌われましたが、明治以降、次第にタンスへと替わっていきました。 〜たんす 長持ち どの子が欲しい この子が欲しい……♪ このわらべ歌、子もらい遊び、嫁取り遊びとしてご存じの人も多いと思われます。長持唄として歌われてきたものです。 |
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| 写真番号 08035 |
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万石通し この万石通しは、一度に大量の穀物を選別できることから、また商品として販売効果が上がるようにとの期待から、その名が付けられたようです。 仕組みは、上部に穀物を入れる漏斗(じょうご)があり、その漏斗が付いている方を高くして傾斜をつけています。この傾斜の角度は変えることができます。また、傾斜面は金網になっていて、穀物の種類などに合わせ、目の粗さの違う金網と交換できるようになっています。 使い方を稲作をしていた人に聞いたところ、唐箕にかけて選別したものを更にきれいに選別するために万石通を使ったそうです。唐箕にかけて出てきた籾を万石通の漏斗にいれると、あとは金網の上を流れる間に粒だけがきれいに残るというわけです。 |
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| 写真番号 08036 |
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唐箕(とうみ) 「唐箕」はその名のとおり中国から伝わり、江戸時代から使われ始めたといわれています。唐箕は風力を利用して穀物を精選する農具で、作業は二人で行います。一人は把手のついた柄を持って回し、それが中の風車を動かし風を起こします。そしてもう一人が唐箕の漏斗に脱穀した穀物を入れます。風力で軽い穂のゴミは飛ばされ、重い籾がその重さにより二つに区別され、下部の左右の出口から出てきます。軽い籾は粉に加工したりするので、無駄のないように工夫されています。また、昭和10年ごろまで使われてきたこの農具は幾度か改良もされ、歯車が中に組み込まれ、より軽い回転で風力を増加するよう工夫されたものもあります。 米の収穫後の様子を大まかに説明します。まず、刈り取った稲を束にし、矢来にかけて乾燥します。そのあと脱穀機で脱穀したら、籾に混じっている荒ゴミを風力で取り除きます。その後さらに「唐箕」に入れて細かいゴミを取り、籾だけを取り出します。籾は再び天日で干し、籾摺り機にかけ玄米に、さらに万石通しで選別したあと精米して白米となります。 以上が収穫後の過程ですが、このように人々の知恵が詰め込まれた農具は、それぞれの時代において常に生産力の向上を実現させてきました。 |
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| 写真番号 08037 |
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木臼と杵 | |
| 写真番号 08038 |
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竹漏斗(たけじょうご) 俵に玄米を効率よく移し込むためや、そのほかの穀物をかますに移す場合に使用します。漏斗には、粒状のものを扱う編籠状の製品と、液体を扱うものとがあります。写真は穀物を別の容器に収納するための用具で、形はラッパに似ており、細い割竹で綿密に編まれています。江戸期の俵づめは箕で作業しているので、明治期以降の考案だと考えられます。 |
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| 写真番号 08039 |
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俵詰め作業風景 米を俵に詰めている様子です。正面で一斗枡を使い、お米を量っています。その左にたてた俵の上に竹漏斗が見えます。1890年の写真です。 |
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| 写真番号 08040 |
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すり鉢 1580年から1600年頃、肥前の国、今の佐賀県で使われていたもの。 |
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| 写真番号 08041 |
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すり鉢 17世紀前半、肥前の国で使われていたもの。 |
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| 写真番号 08042 |
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すり鉢 19世紀 肥前の国で使われていたもの |
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| 写真番号 08043 |
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くぎぬき 18世紀のオランダのものです。 おじさんの子供の頃、この形の釘抜きも使いました。南信州でも戦前の道具としてこの形の釘抜きを見ました。千斤(せんきん)とも言うようです。http://www.amitaj.or.jp/kids/mingu/welcome10.htm |
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| 写真番号 08044 |
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錐(きり) 18世紀、オランダ製 |
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| 写真番号 08045 |
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長台かんな 18世紀、オランダ製 |
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| 写真番号 08046 |
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ハンドル錐(きり) 18世紀 ヨーロッパで使われていたもの |
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| 写真番号 08047 |
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ハンドル錐 ホウルとカタカナで名前が書かれています。この絵はシーボルトのお抱え絵師であった川原慶賀の落款が右隅に押されています。 |
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| 写真番号 08048 |
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幟(のぼり) 大正時代の長崎の名士であった森家のもの。外にたてるためのものではなく、男子が産まれたときの祝いに室内で飾られたものであろうか。 |
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| 写真番号 08049 |
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オランダ製の酒瓶 江戸時代後期のもの |
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| 写真番号 08050 |
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じゃくりかんな 18世紀 オランダ製 |
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| 写真番号 08051 |
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取っ手付きかんな 18世紀 オランダ製 |
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| 写真番号 08052 |
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長台かんな 18世紀 オランダ製 |
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| 写真番号 08053 |
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釘抜き(くぎぬき) 18世紀 オランダ製 |
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| 写真番号 08054 |
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大工風景 19世紀前半の大工作業のスケッチです。画面右側でちょうな掛けをしている人の足元に置かれた道具箱の中にホウルが描かれている。外国の使いやすい道具は早速日本でも作られ使われていたことがわかる。 |
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| 写真番号 08055 |
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電話交換台 |
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| 写真番号 08056 |
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電話交換台 | |
| 写真番号 08057 |
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長崎電話局の交換業務風景 昭和12年 長崎の電話局の様子である。袴をはいた女性の姿が印象的である。 電話交換手は昭和30年代まで女性のあこがれの仕事であった。自動交換機が導入された現在も、番号案内や外国との取り次ぎなど電話交換手は活躍しています。 |
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| 写真番号 08058 |
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杵さん孔機 モールス用のテープ作成機。 |
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| 写真番号 08059 |
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可変蓄電器 静電気をためておく道具。 電話が生まれた頃の道具です。 |
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| 写真番号 08060 |
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鼈甲型検流器(べっこうがたけんりゅうき) 伝わった信号電流を確認してベルを鳴らした。 |
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| 写真番号 08061 |
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本線電流計 電流の流れを通信台で確認していた。 |
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| 写真番号 08062 |
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振動式継電器 海底信号がよく伝わるよう常に振動させていた。 |
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| 写真番号 08063 |
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海底電信のケーブル線 | |
| 写真番号 08064 |
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ガワーベル電話機 イギリスより輸入された日本で最初の実用電話機。明治23年から29年に長崎で使われていた。 |
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| 写真番号 08065 |
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デルビル磁石式壁掛電話機 明治29年から昭和40年頃まで使われた。 |
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| 写真番号 08066 |
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デルビル磁石式甲号卓上電話機 明治30年のもので、日本で初めての卓上電話機であった。 |
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| 写真番号 08067 |
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92式電話機 回線の試験や電話局観の連絡に使用した電話機。昭和17年のもの。 |
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| 写真番号 08068 |
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41号M磁石式電話機 事務所と工場などの間で連絡で使われた直流式電話機。昭和34年製造。 |
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| 写真番号 08069 |
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3号磁石式電話機 ハンドルを回して磁石式発電機で電気発電し電話をかけます。ハンドルをくるくる回してから話す電話機が何種類もありますが、発電機を回しているのです。現在の電話はコンセントにアダプターをさして直流電流を得るようにしています。写真番号08070の50年代に使われていた黒電話は回線に直流電流を供給していましたので、コンセントにアダプターをさしていることはありませんでした。 |
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| 写真番号 08070 |
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600型ダイヤル式電話機 昭和48年製造 |
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| 写真番号 08071 |
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シルクハット 燕尾服(テールコート)およびモーニングコート着用時に用いる、第一正礼装用の紳士用の帽子です。昔はビーバーの毛皮で作られていたそうですが、乱獲などがあり絹(シルク)で代用されるようになり、シルクハットと呼ばれるようになった。写真の帽子は大正から昭和の初めのものです。 |
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| 写真番号 08072 |
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山高帽 堅く加工したフェルト製の帽子で、半球型のクラウン(帽子の山の部分)と巻き上がったブリム(帽子のつばの部分、ブリムが平らなものもある)が特徴の男性用の帽子です。色は黒が主流ですが、グレーや茶色のものもあります。もともとは19世紀 イギリスで作られ、チャップリンが映画の中でもかぶっており、世界的にかぶられるようになりました。戦後廃れました。この帽子は大正から昭和初期に長崎で使われていたものです。 |
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| 写真番号 08073 |
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江戸時代の女性の化粧風景 | |
| 写真番号 08074 |
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手鏡 顔や髪を見るために使いました。2枚が重ねられていました。使うときには一枚を体の前に置かれた台の上に掛け、もう一枚を手に持ち体の後ろに持って行き、自分の見えない体の後ろを二枚の鏡を使って見るようにしました。現在では三面鏡で両側の鏡の角度を変えて体の後ろまで見るようにしていますね。 |
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| 写真番号 08075 |
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日本髪の櫛(くし)と笄(こうがい)と簪(かんざし) | |
| 写真番号 08076 |
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櫛と簪と笄 |
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| 写真番号 08077 |
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日本髪 中央に櫛(くし)、前髪の左右に簪(かんざし)、後ろ髪のふくらみの中央に笄(こうがい)が見え、、その上下に簪が見える。 |
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| 写真番号 08078 |
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扇風機 | |
| 写真番号 08079 |
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蝿取り器 ガラス製の容器です。下側にあいた大きい穴から、入り込んだ蝿は穴の周囲にたまった水の中に落ち込み死んでしまいます。 |
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| 写真番号 08080 |
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イギリス製の手回し式ミシン 今から100年以上前のもの |
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| 写真番号 08081 |
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炭火アイロン | |
| 写真番号 08082 |
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陶器製湯たんぽ | |
| 写真番号 08083 |
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手提げ金庫 昭和6年製 |
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| 写真番号 08084 |
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白黒式テレビ | |
| 写真番号 08085 |
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羽釜 かまどにかけてご飯を炊きました。お釜の真ん中あたりに鍔(つば)が出ていますが、かまどの落ち込まないように穴におさまり、火が吹き上がるのを防ぎました。このお釜には木製の重たいふたがついていて、お釜の中の圧力が下がらないようにしていました。 |
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| 写真番号 08086 |
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電気炊飯器 30年代後半のもの。いままでは釜(羽釜)で「くど」や七輪、ガスコンロなどで炊いていたが、電気炊飯器が30年代後半に登場すると、釜は一気に姿を消していった。 |
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| 写真番号 08087 |
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お櫃(ひつ) 炊きあげたご飯をこの容器の中に移して保管した。写真のお櫃はコルク製で、軽くしかも保温能力に優れていた。おじさんの家では冬場、使わなくなった赤ちゃん布団や布でくるみ、それを四角い箱に入れてさめないようにしていた。冷めたご飯はお湯をかけて温めて食べていた。今では「チン」すればすむのだが…。 |
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| 写真番号 08088 |
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ジャー 炊きあげたご飯をさめない方に保温する道具・今の電気炊飯器には多くの機種に保温機能がついている。写真のジャーは昭和0年代のものと思われる。 |
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| 写真番号 08089 |
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トースター 上のふたを取ると、食パンを同時に2枚焼けるように、溝が2列あります。右下に見えるタイマーで焼く時間を調整し、焼き上がると(タイマーが切れると)、焼けた食パンが跳ね上がってきました。昭和20年代生まれのおじさんたちは、バターをたっぷり塗ったトーストがいつかは食べてみたいと、強い強い願望を抱いていました。社会人1年目の昭和48年、一人暮らし開始のその日、まず始めにこのようなトースターを買いに行きました。 上のふたは、ひっくりかすとガイドの枠をたてると、その間にパンをたてられるようになっていました。バターケースも35年前に買って今でも大切に使っています。 |
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| 写真番号 08090 |
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電気ポット 電気でお湯を沸かし、お茶やインスタントコーヒーを飲みました。おじさんは昭和43年に大学の寮に入りましたが、必需品でした。 |
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| 写真番号 08091 |
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弁当箱 アルミニウムの弁当箱です。おじさんの中学生から高校生の頃(昭和30年代後半から40年代前半)、このような弁当箱を使っていました。その頃は、おかずちょっぴりで、ご飯をどっさり積め、梅干しを一つ入れたものでした。ドカベンとか日の丸弁当などということばがはやりました。 |
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| 写真番号 08092 |
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水筒 アルミニウム製の水筒です。昔はこのように革のヒモがついていました。 |
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| 写真番号 08093 |
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| 写真番号 08094 |
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トースターの保護カバー 昔はトースターを買うとこのようなカバーがついていました。おじさんもカバーを一回一回掛けて使っていました。昭和20年代の台所に比べると、このカバーに花模様がありますが、台所も急に明るくなってきました。テレビから流れるアメリカの明るい食生活にあこがれたものです。 |
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| 写真番号 08095 |
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たらいと洗濯板 | |
| 写真番号 08096 |
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張り板 布(反物)を干すとき、これに貼り付けてぴしっと伸ばして乾かしました。昭和30年代頃まではよく見かけたものです。 |
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| 写真番号 08097 |
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湯たんぽ 中国のもの。明治から大正時代のものです。 |
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| 写真番号 08098 |
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湯たんぽ 陶器製。この中にお湯を入れて、冬、布団の中に入れて寒さを防いだ。 |
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| 写真番号 08099 |
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櫓(やぐら)ごたつ | |
| 写真番号 08100 |
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火鉢 明治から大正時代のもの |
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